EDDIE’S HISTORY

  • 2014-4-7
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『限りなくアメリカに近い福生』ブログさんのご厚意で、「2013.08.02 Friday 福生グラフィティ #3 エディさん EDDIE′S」を転載させて頂きました。

2

「福生ディスコの先駆者エディーさん」

――お忙しいところすみません。
本日はよろしくお願い致します。

『ガガガ!!ドゥルルル!!!』(機械音)

ああ。よろしくね。
何を聞きたいのかな?
俺の歴史?俺の歴史はありふれているよ。

――ま、まずはお店の歴史を伺えたらと…

歴史的には39年前。
あんたらが子供の頃。
ちょうどバブルの手前だよ。
高度成長期時代だから結構景気は良かった。
その頃は外に人が並んじゃうくらい賑わってたの。

――行列が出来るディスコですか。

この辺は田舎でしょ。
こういう田舎に物珍しいというかね。
まさかそんなディスコみたいなものを、
やらないと思っていたんじゃないの?

――エディースが出来る前、
この辺にディスコっていうのはなかったんですか?

ないないない。
あったのは外人バー。GIバー。
俺もGIバーをやってたんだよ。
GIバーから少しづつ改良してね、
それでやりだしたのが今のお店なんだよ。

3
「インターナショナル的なね」

――エディーズをはじめたきっかけは?

俺の主旨は若者の、
ヤングタウンにするとかさ、
せっかく外国人がいるからインターナショナル的なね。
そういうのが最初の発想なのよ。

――ちなみにエディーさんは福生出身なんですか?

俺はもともと新小岩だったの。
親父が高島屋とかああいうデパートに出入りしていた、
商人だったんだよ。
それがうまく行かなくなって、
疎開でこっちに来た。
ほら、当時は戦争中だったから。
俺が5、6歳のときだったかな。
ずっとそれからこっちにいるんだけど、
俺はバンドやってたからさ。
20代から30代のときはほとんどいなかった。
大学も法政だから。
板橋のほうだったからね。

4
第一回福生グラフティにご登場いただいたhardyさん提供のお写真

でも帰ってきてね。
親がこの辺で『JUN』っていうスナックをやっててさ。
結構、おじい、おばあ集めてくるような店だったんだけど、
そこを俺が改造して、
最初そこにね、DJ入れたりさ、
ちょっとディスコ紛いみたいなことをやってたんだよね。
そんときにもう外人が結構出入りしてたからさ。

5

「ラララ~ララララってやつ」

――エディーズは昔からこんな雰囲気だったんですか?

ここは昔半分くらいしかなかったんだよ。
そこに柱が二つあるでしょ。
こっち側はね、駐車場だったの。

――お店をはじめた当時はどんな音楽を流していたんですか?

ソールトレン。
俺たちが最初バンドやってたときはね、
ポップスだから。
あれはなんだっけな。
ラララ~ララララってやつ。

――わ、わかりません。。

あ!プラターズ!
で、そのあとがね、

コーラスグループではスタイリスティック。
それからビートルズがあって、
マイケルジャクソンがあって。

僕らの時代はフランクシナトラとかさ、
エディ・フィッシャーとかね。
トニー・ベネット。
ポップスよ。
その時代にプラターズっていうのが、
いいコーラスだったんだよ。
Smoke Gets In Your Eyes。煙が目にしみるとかね。

――そのような音楽をお店で流していたんですね。

いや、お店をやったのは、
それを聴いていたときから10なん年後だからさ。
もうその時代は、なんだっけ、ほら。
踊りが激しい人がいるじゃんか。

――お、踊りが激しい人ですか…

まぁ、マイケルジャクソンも流行っていたけどね、
その人が、ほらなんだっけ。
熊みたいな格好して。
エディーマフィーじゃない。なんだっけ。
あれが一番最高に流行っていたな。
あんときがピークだったよ。
20年くらい前。

――家に帰って調べてみます(わかりませんでした)。
ちなみに今はヒップホップが主流なんですか?

今じゃーもう、
ちょっとわけがわかんないねぇ。
日本人はやっぱりメロディック的なものとか、
テンポがいいのがいいよな。
ちょっといまは大人的な感じが少なくなったかな。
昔のあの大人の雰囲気がよかったんだよ。

6

――エディースといえば、
僕にとってはハマチューなんですが…

おおーおお!はまちゃん!
どうして知ってるの?

7
振り向きざま親指を突き立てるハマチュー(向かって右)

――ハマチューは高校の同級生なんです。

はまちゃんが居たときあたりが、
一番ヒップホップが流行っていたときじゃないかな。

――そうなんですね。
ところでエディさんはなんでエディって呼ばれているんですか?

俺がバンドをやっていたときのニックネーム。
うちは親が半分ハワイだからさ。
俺はクォーターだな。
家族はみんなハワイにいるしね。
妹の旦那さんもハワイの人で。

8

――あ、エディーさん。
お願いしていた昔のお写真を拝見したいのですが?

昔のが見つからなくてね。

9

5、6年前のしかないんだよ。
みんなうちのやつが捨てちゃったみたいなんだよ。

10

うちはハワイに親戚がいるから、
結構ハワイからもお店に来てくれるの。
妹が宣伝してくれているのかわからないんだけど。

11

――この集合写真は?

それはTDYっていうんだけど。
そういう連中が来て記念に撮っていったの。
いい人たちだよ。飛行機を直す人。

12

――最後にエディーさんの写真を撮りたいのですが…

ああ。いいよ。
髪がボサボサだから。
ちょっと待っててね。

13

ところでこれ、何に載るんだい?
雑誌かなにか?

――いえ。ごめんなさい。
個人でやっているブログ、インターネットです。

ああ、そうかそうか。
大いに宣伝してよ。
よろしくね。

――エディーさん最後になにか一言お願い出来ますか?

やっぱりね。
音楽はいいよ。

14

白髪のダンディズム。エディーさん。
貴重なお話をありがとうございました。

お店をやっていて良かったことは、
「たくさんの仲間と出会えたこと」
とおっしゃっていたエディーさん。
そんな仲間のお一人なのか。
タレントのビビる大木さんもブログで『EDDIE′S』を紹介しております。

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ちなみにお話の途中の中でチラっと登場した、
エディーさんがスナックにDJを入れて、
ディスコっぽいお店にしたという『JUN』は、
小説家、山田詠美さんが頻繁に通っていたり、
NHKで放送されていた、
織田裕二の初主演ドラマ『19歳』や、
(エディーさんもバーテンダー役で出演)
映画『限りなく透明に近いブルー』にも登場しているそう。

16

福生カルチャーの礎を築き、
いまなお現役でご活躍されているエディーさんのお店、
『DISCO EDDI’S』。
またワーっと楽しんでみたいです。

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